田中輝美、 2021、 関係人口の社会学―人口減少時代の地域再生 大阪大学出版会 を読んだ。
問いの所在 「人口減少が前提となる現代社会において、地域再生とは、誰が何を目指すべきなのか」「関係人口はどのように地域再生の主体として形成されていくのか、そして地域再生にどのような役割を果たすのか」
1章 関係人口が登場するまでの地域史 『地方消滅』の議論。
2章 関係人口の社会学としての概念規定 おなじみの指出、小田切の議論。
3章 歴史的展開の整理 関係人口の形成を社会関係資本からアプローチ、関係人口の役割を「よそ者論」からアプローチ
4-6章 島根県海士町、江津市、香川県まんのう町の事例研究
7章 関係人口の形成を結論
形成のステップ 1.関係人口が地域課題の解決に動き出す 2.関係人口と地域住民の信頼関係ができる 3.地域住民が地域課題の解決に動き出す
形成されるための条件 1.関心の対象が地域課題である 2.その解決に取り組むことで地域と関与する 3.地域住民と信頼関係を築く
8章 関係人口の役割を結論 関係人口は「地域衰退サイクル」からの転換の役割を担う? 関係人口は地域再生主体の形成という効果を持つ 「協働」を推進する
地域住民の役割 1.「関わりしろ」を設定する 2.関係人口と協働する
終章 明らかになったこと 1.関係人口は、地域住民と社会関係資本を構成する過程で地域再生主体として形成される。 2.その関係人口と社会関係資本を構築する過程で、新たな地域住民が地域再生主体として形成され、両者の共同という相互作用によって創発的な地域課題の解決が可能となる。関係人口が地域再生に果たす役割は、地域再生主体の形成と、創発的な地域課題の解決の2つである。 3.地域再生主体が多層的に形成され、地域課題が解決され続けるという連続的過程が地域再生であり、現代社会の地域再生において目指すべきあり方である。
中原の感想 率直に感想を書くと、論述の前提から承服しかねる。この結論に至るまでの事例の選定は、ようするに「優良事例」の選定であって、行政が良くやる優良事例の横展開のような論理生成になっている。だから、事例の人々の実践に超強烈な「生存バイアス」がかかっている(「Youtuberは夢を叶える仕事で、豪邸に住める!」みたいな理論)。その生存条件は、べつに現地の土人が決めたものではなく、選定は著者によるものであるから、その時点で「優良」「成功」「活性化」という価値判断が行われている。ようするに、新植民地主義的な感覚に支配された著作である。当然、「私は当地の出身である」といった正当性の主張がなされると思われるが、論点は、誰が選定するのが正当/不正当という問題ではなくて、たぶん調査する側/される側、開発される側/する側、客体/主体、地域住民/関係人口という2項対立なのだと思う。2項対立の上で、「信頼を築くのだ」とか、社会関係資本、ラポール、主体形成とかの議論の枠組みは、開発主義的な知的暴力性を軽減したりしない。ある地域の他者を指さして「(主体がないから)主体形成する」とか、どの口が言えるのだろうか。「主体なるもの」の解体の必要性を感じる。この関係人口論を前提にして、農村への諸開発政策を決めることは絶対に止めて欲しいと思う。先ずは、開発人類学とか、中田英樹、 2001、 開発理論としての《活性化》言説の構造分析試論、 村落社会研究 7(2): 1–12 みたいな批判から始めるべきでは。関係人口論は、開発言説だと思う。
じゃあ、(批判を超えて)どうするのか? というのは、自分の博論で書こう。