書評 すべてがFになる コンピュータ特有の価値観

周囲に薦められて「すべてがFになる」という推理小説を読みました。すごく面白かった。とりわけコンピュータを生業としている、研究職崩れの私にはとても魅力的でした。
作家の森博嗣が執筆当時、現役の工学系研究者とあって、テクニカルタームが満載です。トリックも、やや大仰な感が否めないのですが、やはりソフトウェアを取り扱った、新鮮なアイデアでした。
とりわけ面白いのが、各登場人物(大半がプログラマ)の偏ったセリフの数々。90年代半ばに、マルチメディア・カルチャーにどっぷり浸った私にとって、一度は口にしたいカッコいいセリフが満載でした。

「先生……、現実って何でしょう?」(中略)
「現実とは何か、と考える瞬簡にだけ、人間の思考に現れる幻想だ」犀川はすぐ答えた。「普段はそんなもの存在しない」

マルチメディアとか、ネットワークノマドロジーとか、ヴァーチャル・リアリティとか。大仰に技術決定論的な価値観を共有できた懐かしい時代の雰囲気を感じました。SFでは体験できない、私(読者)自身の現実との乖離を意識することができた。
ネットビジネス以降すっかり幼稚になってしまったコンピュータの世界感ですが、一個人として、この小説の登場人物たちのような価値観の方が自分にはあっています。
犀川先生と同じで、コンピュータは最も人間的な道具だと思います。
中原


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