タヌキ不動産ゆめ日記6 賢い相続人

この夢日記に登場する空き家は、すでに書いてきたように、あまり経済的価値がない。また、その所有者はいわゆる「資産家」というカテゴリには当てはまりにくいので、頻繁に「相続放棄」が発生することになる。これが、タヌキ不動産の悩みのタネなのだ。

「相続放棄」とは、亡くなった人(被相続人)のプラスの財産(預貯金や不動産など)とマイナスの財産(借金や未払金など)のすべてを一切引き継がないとする法的な手続きのことである。「相続の開始を知った日」から3か月以内に、家庭裁判所に申述することにより、相続人は、「初めから相続人ではなかった」扱いを受けることが可能となる。そして、空き家をめぐる相続では、相続人の全員が、相続放棄することにより、空き家の負担から逃れようとする実践が各所でみられる。

諸説があるが、空き家の相続人という立場に引き寄せてみると、ほとんどの場合、2025年現在の制度では、空き家の処分におて「相続放棄が一番楽で、お得」という現状らしい。(他の財産がある場合は、売却や国庫帰属制度も視野に入る) そして、民法の規定では利害関係者(放棄した人を除く)の申告により、家庭裁判所が財産管理人を選任するらしいが、それは稀なケースであるらしい。

したがって、現実においては、賢い相続人ほど相続放棄を選択し、相続放棄が蔓延して、管理されない、それ以降権利の移転も起こらない真・空き家が次々と生まれることになる。もはや、どうしたらよいのかさっぱり分からない。

また、この「相続放棄」という最後の切り札が、賢い相続人・所有者・売主の無責任をどこまでも助長するのである。想定される売買の金額は200万円を下回ったとしても、売主の義務(親族の合意形成、権利移転に協力する、書類を集める、ゴミを捨てる、建物を引き渡しまで保全する、などなど)はどうしても残る。少しでも、これが「めんどくせぇ・・・」と思った瞬間に、すぐ「じゃあ、相続放棄」という選択になっているように思われる。(しかし、実際には、相続放棄もそれなりに、たぶん大変)

もうこれ、空き家(居住その他の使用がなされていないことが常態である建築物又はこれに附属する工作物及びその敷地)でなくて、真・空き家(相続人がおらず、財産管理人が指定されていない空き家)が乱立する農山村は、近代的個人所有による諸制度の、一つの終末のような気がしてならない。個人が利己的で賢いほど、利用できる国土が少なくなる。

もはやどうしようもないので、真・空き家は、スクオッティングして再利用するしかないんじゃないかしら。


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