脱力の方向へ

なんだか、広い意味で、さまざまな局面で疲れたように思う。「休めばよい」といった事ではなくて、何のために休むのか、ということに回答するのに疲れてしまった感じがする。休むために休みたいというか、目的を持ちたくないという気分がある。

とはいえ、暮らしていかなければならず、娘たちの社会生活を考えれば、極端な行動はとれないので、何となく「頑張る理由」を探して頑張るのであるが。それを、頭のすみっこであまり信じていない自分がいる。

掃除したり、ご飯を作ったりといったことは、ある一定の範囲では疲れない。途中で「こうしなければならない」と思ってしまうと、ダメになる。仕事は言うまでもない。なんだか、何かをすることに期待される水準がどんどん高くなっている気がする。正直な話、「そこまでしなくても・・・」と思う局面が増えたし、「そこまでできへんわ」と思ってしまう場面が多い。あらゆる場面で、消費者レビューみたいな事物との向き合い方に監視されているようで、疲れてしまう。

その中で、「すぐれた作品」を作ることに意味なんてあるんだろうか。

積極的に脱力した、過剰に抗うような実践が必要なんじゃないかと思う。そうしよう。


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