1章 土地改良についての章 他の公共事業と違って、受益者負担原則がある。受益者負担の割合については、様々な議論がある。
農水省の予算は、食管制度の赤字補てんから公共事業に移ってきた(1960-1990) 1970年代まで、米価は二重構造だった。70年代以降、減反政策に。食管法(1942-1995)の廃止以降、政府買入の影響が弱くなり、米価は下落傾向に。
そして、米価下落の元で、受益者負担がくる。収入にたいして負債が多い。未納金に苦しんでいる。土地改良負担の軽減する対策が取られてきた。
2章 先進事例紹介。
3章 農業農村基盤整備事業の展開過程 戦後1945年の重要課題は開拓だった。食料危機があった。そして、引き揚げ、復員、軍需産業などの失業者対策。GHQにより開拓が公共事業になる。その後、インフレと、1949ドッジによる超均衡財政対策によって融資が縮小する。1950年に国土総合開発法。特需ブームが起こり政策がかわる。1950年前後のドッジシャープ改革は地方に財政的犠牲を強いた。1961年に農業基本法が成立。
有益費問題。戦後は農地改革後、小作地が減少した。1975の農振法による農用地利用推進事業の発足で、農地移動が増える。有益費問題は、利用権小作の拡大ともに、解決しなければならない問題としてのこる。
条件不利地(中山間地)では、基盤の未整備がある。格差に。
1991年から、農業基盤整備費から、農業農村整備費に変わった。多面的機能が盛り込まれる。ウルグアイ・ラウンドの自由による交渉の影響がある。農業集落排水事業で、水洗化が進む。
4章 アジア・欧米の整備と日本について。
5章 まとめ? 解明された事:戦後の食糧増産時代には、緊急開拓、大規模農業水利開発などが次々に事業化。農業農村整備事業の出発点となる「土地改良法(1949)」が制定される。
高度成長期には、あらたな大規模総合開発が取り組まれる。農工間所得格差是正をめざし、旧農業基本法(1961年)のもと、30a区標準の圃場整備が本格化する。中型機械化体系が確立する。
グローバリゼーションが進み、集落営農・法人化等への施策が本格化する。大区画圃場整備が導入・推進される。過度な効率・利益追求に伴い、環境や食の安全が問題化。農業・農村の多面的機能を見直す動きが広がる。旧基本法に変わり、食料・農業・農村基本法(1999年)が施行される。土地改良法も、環境との調和が原則になる。